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映画「ヒロシマ・ピョンヤン -棄てられた被爆者-」初日舞台挨拶

昨日7月3日にポレポレ東中野で公開になった映画「ヒロシマ・ピョンヤン~棄てられた被爆者~」。

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10:20初日舞台挨拶付き上映回で観てきました

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この作品は、北朝鮮に暮らす広島・長崎の被爆者をテーマにした非常に珍しいドキュメンタリー映画である。

映像の多くが北朝鮮で撮影されており、
平壌の病院の女医のインタビューや診察の様子は初めて観る北朝鮮の映像であり、
我々が普段テレビで観る隠し撮りの映像や朝鮮中央テレビが配信している映像とは全く違うものである。
我々素人が観てもその違いは明白である。

他にも、海岸でのインタビューシーン、温泉療養所の様子など貴重な映像だらけの作品であり、
その編集も素晴らしい

写真の多様も印象深い。

その素晴らしい編集もあって、作り手側のメッセージが良く伝わってくる。

原爆そのものや被爆者をテーマにした映画はたくさんあるが、
その被爆者が北朝鮮にいるとなると、初めて製作された映画となるそうだ。

戦後日本政府は、広場や長崎で被爆した人達に被爆者健康手帳を交付し、
一定の手当の支給を続けている。

また、日本政府を相手取った数多くの裁判により、日本政府は海外に暮らす被爆者にも手当を支給している。
海外に暮らしていても日本政府からの手当を受け取ることができるのである。
それは韓国が大半で、残りは米国やブラジルなどである。

ちなみに日本政府は、1951年のサンフランシスコ講和条約で、
被爆者への賠償の米国への請求を放棄している。

そんな中この映画で取り上げているのは、
日本と国交のない北朝鮮にいるために手当を受けられないでいる被爆者なのである。

ストーリー・・・・・

 この映画に主に登場するのはリ・ゲソンさん。
 1941年に、現在の広島県大竹市に生まれた在日朝鮮人の女性。
 ゲソンさんは1945年8月6日、原爆投下当時まだ3歳だったが、
 大竹は広島市から27km離れていたため、直接原爆の被害に遭うことはなかった。

 当時日本統治下にあった朝鮮半島からは数多くの朝鮮人が強制連行され、日本で働いていた。
 家族を連れて日本に渡る人達もいた。
 ゲソンさんの両親もそういう人達である。

 そして8月15日、終戦。
 ゲソンさんの母親は、朝鮮へ帰国する為の費用が支給されるという情報を得る。
 しかも早いもの勝ちだという。

 ゲソンさんの母親は、まだ3歳のゲソンさんを連れ、大竹から広島市へ行くことにした。
 それはまだ原爆投下からわずか12日後の8月18日であった。
 原爆投下から2週間以内に被災地へ入って被爆した人を入市被爆者という。

 ゲソンさんの母親は、広島市が壊滅状態だということはよく知っていたが、
 その原因が核爆弾であり広島市が放射能で汚染されていることまでは知らなかった。

 地獄のような光景を目の当たりにしながらなんとか広島県庁にたどり着いたが、
 県庁の建物は崩壊しており、警察署内に県庁業務が臨時に移設しているということで、
 今度は警察署を目指し、放射能汚染された広島の街をさまよい歩くことになってしまった。

 結果、帰国費用の支給の話はデマだと知る。
 ゲソンさん一家は朝鮮への帰国を諦める。

 そして、ゲソンさんと母親は被爆してしまう。

 そして10年以上が過ぎ、1950年代末、
 朝鮮への帰国事業の中、ゲソンさんは単身朝鮮へ渡ることになる。
 家族は日本に残ることにする。

 その時、50年以上も日朝間に国交が結ばれることがないとは知らずに・・・。

 ゲソンさんは、長い間被爆が原因の様々な病に苦しめられながら今も平壌に暮らす。
 しかしゲソンさん自身、
 自分が被爆者であり病の原因が被爆であることを知ったのは2004年のことであった。
 ゲソンさんの母親が被爆の事実をゲソンさんに隠し続けた理由はなんだったのか?

 それまでゲソンさんの両親は度々平壌のゲソンさんの元を訪れていた。
 しかし、拉致問題、核問題が原因で日本は北朝鮮に対し経済制裁を発動。
 北朝鮮と日本とを結ぶ船も利用できなくなってしまった。
 そのため、ゲソンさんの母親も訪朝できなくなってしまった。

 ゲソンさんが来日することにも多くの制限があり、結局実現しないままにある。

 広島県大竹市と北朝鮮平壌市に離れ離れになってしまった母と娘。
 会いたいと願う母と娘は・・・

・・・・・というストーリーである。

大竹市に暮らすゲソンさんの母親へのインタビューもたいへん印象的だったが、
 「原爆はイヤ!原爆だけはイヤ!!」
と繰り返したゲソンさんの母親の言葉が特に印象的だった。

先日、韓国映画「クロッシング」をブログ記事にした際、
 「日本政府の対応、人道的な問題は全く別に考えるべきと思います。」
と書いたが、
今回、映画「ヒロシマ・ピョンヤン~棄てられた被爆者~」でも同様のことを考えた。

ゲソンさんが被爆者健康手帳を取得するために来日する許可が下りたことがあったそうだ。
しかし日本政府は同行者の来日は認めなかった。
既に高齢の被爆者であり体調の悪いゲソンさんが一人で日本へ渡航することは並大抵のことではない。
結局来日の話は流れてしまった。

日本政府の対応ってどうなんだろう・・・と思ってしまった。

「ヒロシマ・ピョンヤン~棄てられた被爆者~」、
素晴らしいドキュメンタリー映画であり、勉強させられることが多かった。

・・・・・

映画上映前にまず4分ほど伊藤孝司監督が舞台挨拶。
ご自身でも満足の出来と語られる。

そして、映画上映後に30分ほどのトークイベント。
伊藤孝司監督に加え、編集の土屋トカチさん、小林アツシさん両名が登壇。
テーマは「カットした映像に写っていたもの」。

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北朝鮮での撮影許可を得るのにたいへん苦労した話、
軍事パレードで行進する人々の素顔、
海岸での9分のワンカットのインタビューシーンの編集について
等々・・・興味深い話をたくさん聞くことができた。

先程書いた
「我々が普段テレビで観る隠し撮りの映像や朝鮮中央テレビが配信している映像とは全く違うものである」
というのは、小林アツシさんのお話からの引用。
小林アツシさん、「正当法でやりたかった」と語られる。

30分ほどのトークイベントの最後に伊藤監督、
「在朝被爆者の医療支援をしたい」
ということで、
映画「ヒロシマ・ピョンヤン~棄てられた被爆者~」を周囲の人にも広めてほしいとシメる。

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みっきぃパパも、是非この映画は多くの人に観てもらいたいと思う。
日本にいても外国にいても、国交があろうとなかろうと、どこにいても被爆者は被爆者である。

劇場で映画パンフレットを購入。
とはいっても、一般書籍のような感じでAmazonでも購入可能。
在朝被爆者の方々のインタビューも掲載されている。
読み応え十分である。

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帰り際、劇場ロビーで監督のサインをもらう

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みっきぃパパ

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Author:みっきぃパパ
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