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東日本大震災ドキュメンタリー映画「無常素描」

3月11日に発生した東日本大震災がちょうど100日経った6月18日(土)、
世界で初めて東日本大震災をテーマにしたドキュメンタリー映画が公開された。

大宮浩一監督作品「無常素描(むじょうそびょう)」。
75分のドキュメンタリー映画。

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オーディトリウム渋谷にて、
まずは6月17日(金)19:30に英語字幕付きの先行上映が行われ、
そして6月18日(土)から1日5回の上映開始。

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シアターイメージフォーラムでエチオピア映画「テザ 慟哭の大地」を観た後、
オーディトリウム渋谷へ移動し、2回目の14:30からの上映回で観賞。

上映終了後には大宮監督の舞台挨拶およびQ&Aがあった。

4月末から5月初旬にかけて撮影された、津波の被害を受けた被災地の映像。

撮影時期が冒頭に字幕で紹介される以外は、
場所、日時、登場する人物の名前など一切出てこない。

余計な音楽も無い。

まさにこの作品は「無常」感を表現した「素描」である。

撮影スタッフを乗せた車が被災地へと走る。
一見して普通の街並み。
しかし、海へと下りていく坂の途中から突然瓦礫となる海沿いの街。
とにかく悲しい。

また、被災地の方々のインタビュー一つ一つにも深い意味を感じる。
やはり悲しい。

・・・・・

上映終了後、大宮監督が登壇し、舞台挨拶および観客とのQ&Aが行われた。

1、何故この作品を作ったのか?

自分は東北出身で、自分が忘れないように作ったというのが本音。

2、前日の先行上映時のQ&Aでの英語の新聞の方からの質問について

「日本人は何故すぐにものを忘れるのか?」という質問を受けた。
恐らく原発のことだろう。唯一の被爆国なのに・・・。
日本人を代表して答えられないので、うやむやに答えた。

ある街では、津波記念碑を埋めて道路を作った。
それが明治か昭和かいつの津波かは分からないが・・・。
その記念碑が今回の津波で出て来た。
日本人は積極的に忘れようとしているのか・・・?
それがメンタリティ?
それを海外の人達は不思議がる。

実は今日が震災からちょうど100日目。
これは忘れない為の映画である。
100年、200年経って、この映画がいつの津波のことか分からなくなっても、
津波があったことを忘れないでいたい。

文字情報も、最初の撮影日の情報以外は入れていない。

3、「報道」と「映画」の役割の違いについて

「報道」は適切な情報を伝えるのが役割。

「映画」が伝えるものはそれとは違う。
映像を観てもらいたい。
文字情報を入れれば、それは「文字を読め」ということ。
音楽であれば、ここで泣いてほしいとか、ここで心を弾ませてほしいとか・・・。
引き算をしていった結果がこの映画。

・・・・・

人間なので「忘れる」のは仕方がないが、やはりこのような災害に対しては、
「忘れない努力」は必要なのではないか?

映画の中には、あるお寺の僧侶のインタビューも出て来る。
「忘れないようにする」ということに関しての意見であった。

今回の震災については、今後もドキュメンタリー映画などが製作され公開されていくと思う。

「忘れない」ためにも、このような作品に関心を持っていきたいと思う。

今後は、大阪、名古屋、神戸、金沢で順次公開予定となっている。
この作品を観る機会があったら、是非一度劇場に足を運んでみることをお勧めしたい。

・・・・・

最後に劇場ロビーで、パンフレットに大宮監督にサインをしていただきました。

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みっきぃパパ

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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

エチオピア饅頭

昨日6月18日に公開になったエチオピア映画「テザ 慟哭の大地」。

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渋谷シアターイメージフォーラムでは、初日プレゼントとして、
先着100名に「エチオピア饅頭」なるものが配布される

一箱ずつ気前よく配られるのかと思いきや・・・、

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2つずつ・・・がーん

気合いを入れて朝早く行って、整理番号7番を取ったのに・・・。

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ただでもらっておきながら、ぶつくさ言うオヤジ・・・

で、「エチオピア饅頭」とは、高知県の「近森大正堂」の菓子であるが、
1930年代にエチオピア軍がイタリア軍の侵略に勝利し撃退したという出来事に主人が感動して、
元々売っていた饅頭の名前を「エチオピア饅頭」に変えたそうな。

つまりエチオピアの饅頭でもなんでもなく、そもそもエチオピアとは何の縁もゆかりもない

それから60年・・・、1996年にテレビの企画でエチオピア駐日大使夫妻が現地へ食べに行き、
それをきっかけに「エチオピア駐日大使公認饅頭」となったそうである。

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さて、配られた饅頭は前日に高知で製造&発送されて、
当日の朝東京に到着した出来たてのものだったそうな♪

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2つあるので、ちゃんと自宅に持って帰って、
みっきぃママ&みっきぃと一緒に食べる♪

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この饅頭、激うま

皮に黒糖が入っているらしい♪

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そもそも大正8年(1919年)から続く菓子ということで、
さすがに美味しくないと90年以上も存続できないはず。

今度は高知から取り寄せて食べてみたい・・・。

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みっきぃパパ

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テーマ : スイーツ
ジャンル : グルメ

エチオピア映画「テザ 慟哭の大地」

本日6月18日に公開になったエチオピア映画「テザ 慟哭の大地」、
渋谷シアターイメージフォーラムにて、公開初日の初回で鑑賞

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正確にはエチオピア=ドイツ=フランス合作映画。
2008年製作。

タイトルの「テザ」とはエチオピアの言語アムハラ語で「朝露」および「幼少期」の意味。

監督、脚本:ハイレ・ゲリマさん
音楽:ヴィジャイ・イェールさん、ジョルガ・メスフンさん
出演:アーロン・アレフさん(アンベルブル)、アビュユ・テドラさん(テスファエ)、
   テジェ・テスファウンさん(アザヌ)、タケレチ・ベイエネさん(アンベルブルの母)他

非常に珍しいエチオピア映画。
エチオピアの巨匠ハイレ・ゲリマさんが監督したこの作品、
2008年ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞、脚本賞、SIGNIS賞を受賞

ハイレ・ゲリマ監督作品が日本で劇場公開されるのはこの作品が初めてのことらしい。

公開初日だが、観客は30名弱。
大学生からかなりの年配の方まで、かなり広い年齢層。

エチオピアに限らず、アフリカの作品が観られる機会はそう多くない。
この作品が上映されるという情報を得て以来、楽しみにしていて、前売券も購入

劇場のカウンターで前売券を整理券に変える。
整理番号7番。

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140分という長い作品だったが、
ストーリーの面白さ、映像の美しさなどから、
映画の世界に引き込まれ、時間があっという間に過ぎてしまった。

1970年代からの20年に渡るエチオピアの歴史を知ることができる。
政情不安を抱え、戦争・戦争・戦争・・・という過酷な状況下に置かれたエチオピア。
そして、政治思想や言論統制に翻弄される人々・・・。
あまり日本で取り上げられる機会の多くないエチオピアの様子について、
しっかりとした描写で紹介してくれている。
非常に良い勉強の機会にもなった。

エチオピアの近代史、政治的思想に加え、
首都アジスアベバや地方の村の様子、伝統文化、音楽、家族、恋愛など、
非常にカバーする範囲が広く、飽きることもない。

また、物語はエチオピアだけでなく、ドイツも舞台になっている。

当時の東ドイツにおける人種差別の様子には驚愕の一言だが、
時代背景を知る上では興味深い。

ソ連、中国、北朝鮮、そしてアルバニアに対しての
エチオピアの社会主義者達のそれらの国の社会主義国家としての評価についても面白い。

映像もたいへん美しい作品
夕日や朝日を背景に、画面全体が黄色に染まる中、登場人物や小船のシルエット。
非常に美しく印象的なカットが度々登場する。

ストーリー・・・

 1990年、東アフリカ・エチオピアの地方の小さな村。
 70年代に医師を目指してドイツへ留学していた青年アンベルブルが帰郷する。
 小さな家で待っていたのは、年老いた母親と同居する女性アザヌ。
 
 アンベルブルがドイツに留学していた70年代、祖国エチオピアでは政変が起き、
 軍事独裁政権が発足した。
 そんな中、アンベルブルの親友テスファエは政治活動の為、祖国エチオピアへ単身帰国する。
 テスファエには、白人女性の恋人と、2人の間に生まれた男の子がいた。
 
 80年代、アンベルブルもエチオピアへ帰国する。
 留学によって得た医学の知識を祖国で役立てたいという思いだった。
 しかしアンベルブルは、政情不安によって疲弊し切った祖国の姿を見る。
 言論統制、粛清の嵐・・・社会不安の中、アンベルブルは首都アジスアベバで仕事を続ける。
 
 ある日、テスファエが殺害されてしまう。
 革命危険分子とされていたアンベルブルも兵士に連行されてしまう。
 自分も殺害されるのかと不安に駆られていたが、
 テスファエの代わりに東ドイツへと送られることになる。
 
 東ドイツに到着したアンベルブルは、テスファエの死を家族に伝えるため、ベルリンへ向かう。
 しかしなかなかテスファエの死を伝えることができない。
 そんな中、アンベルブルに悲劇が・・・。
 
 そして心身ともに傷ついたアンベルブルは、1990年故郷の村へと戻る・・・。

20年に渡る壮大な人間ドラマ。
また素晴らしい作品に出逢うことができた

ロケ地になったエチオピア北部のタナ湖周辺、いつか訪れてみたい。

非常に質の高いエチオピア映画、お勧め作品!!

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みっきぃパパ

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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

家族4人で初めてのホームセンター

今週月曜日、丸の内へ外出した帰り、ホームセンターに寄ってみました

もちろん娘にとっては初のホームセンター♪

買い物の後、ホームセンター内のフードコートへ寄る

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いつもの如く、味はまぁ・・・という感じだが・・・

でも、初めての家族4人でのホームセンター&フードコート♪

これからも娘にはいろいろなものを見せてあげたり、経験させてあげたい

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みっきぃパパ

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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

みっきぃと日比谷界隈を散歩

昨日の続き

みっきぃと初の2人での外食に挑戦したみっきぃパパ、
食後は日比谷公園周辺を散歩♪

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とは言っても、リードを忘れて来たので、みっきぃはカートに乗ったままのお散歩

相変わらず、カートが動くたびに足踏みを続ける・・・。

がーん

・・・・・

帝国劇場。

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先日、ここでミュージカル「レ・ミゼラブル」を観たばかりだったりする♪

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この前日の6月12日が「レ・ミゼラブル」の千秋楽で、
もうすっかりポスターも剥がされてしまい、なんだか寂しい・・・。

次は「風と共に去りぬ」らしい。

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・・・・・

で、正午を過ぎ、12時台だけ歩行者天国に変わる丸の内仲通りには、
サラリーマンが路上にわらわら・・・。

月曜日の昼間、オヤジが普段着でダックスをカートに乗せ、
丸の内のオフィス街をふにふに歩くというのも、ちょっと怪しい・・・。

・・・・・

三菱一号館美術館裏の「一号館広場」。

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久し振りに来てみたが、ここはみっきぃは初めて。

やっぱり歩かせたかったなー。

・・・・・

皇居外苑。

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そして、恒例の二重橋濠。

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このエリアはキレイなので、何度来ても楽しい♪

・・・・・

最後に日比谷公園に戻る。

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歩いてないのにみっきぃはお疲れらしい・・・

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足踏みで運動になったらしい・・・。

で、14時過ぎに丸ビル前でみっきぃママ+娘を車に乗せ、埼玉へと戻るのでした♪

空いていたので自宅までちょうど1時間

楽だったらしい・・・。

みっきぃパパ

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テーマ : 犬との生活
ジャンル : ペット

初めてみっきぃと2人で飲食店に入る。

昨日の続き

みっきぃが家族になってもうすぐ5年。

今までにみっきぃと一緒に飲食店に入った回数はもう数え切れない程。

でも、そーいえば、「2人で」というのは今まで一度も無かった。

で、この度日比谷公園で暇を潰していたので、
折角なので2人でお馴染の日比谷茶廊へ入ってみる

いる。

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最初、外の席に座ってみたら、また雨が降り出す・・・。
がーん

そんなわけで、店員さんが雨に濡れない席に移動させてくれる

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ここはビールの旨い店だが、さすがに車なのでアルコール類はNG

で、ショーがないので食事だけにする

何度も入っている日比谷茶廊だが、ちょっとご無沙汰だった。

どうやら食事メニューが若干変わったらしい・・・。

で、タイメシを注文

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以前は普通盛と大盛なんてオプションは無かった気がするが、
現在は普通盛790円(だったかな?)と大盛940円の2パターンから選べる♪

そして、スープが付くようになったらしい♪

みっきぃパパは勿論大盛♪

かなりスパイシーで美味

でも、この日は蚊が凄かったりして・・・

で、みっきぃパパが食べ終わると、みっきぃ就寝

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がーん

みっきぃパパ

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テーマ : 犬との生活
ジャンル : ペット

足踏み

今週月曜日、みっきぃママは娘を連れて東京・丸の内へランチ

お友達に会うためだが、
まだ生後1ヶ月の娘を連れて人の多い都心へ電車で出掛けさせるのはちょっと心配

まだ震災の余震も分からないし・・・。
しかも梅雨の季節で傘さしながらの移動は大変だし・・・。

でも気分転換にも行かせてあげたいなーなどと思ふ

ということで、みっきぃパパは休暇を取り、車でみっきぃママ+娘を丸の内まで送迎

ひまじん

でも、女性達だけのランチの席にオヤジがふにっといてもキモいと思われそうなので、
みっきぃと日比谷界隈をお散歩

日比谷公園の地下にある有料駐車場に車を停め・・・、

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日比谷公園を歩く♪

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で、みっきぃもカートの中で足踏み始めて、歩きたそうだったので、
運動不足解消の為にも歩かせることに♪

そこで気がついたこと・・・。

リードがない!!
がーん

家に忘れて来たらしい・・・。
がーん

みっきぃと入れる店で、リードを売っている所でとっさに思い付いたのは・・・、
銀座2丁目の「犬の生活」と松屋屋上のペットショップ。

がっ!!雨が降ってきたりして・・・。
がーん

雨は降ったりやんだりで、ちょっとあまり歩きたくない感じ

ショーがないので、カートに乗せたまま公園内を散策してみたが、
みっきぃ、カートが動くたびにカートの中で足踏みを続ける・・・。

歩きたかったらしい・・・。

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みっきぃパパ

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是枝裕和監督最新作「奇跡」初日舞台挨拶

6月11日(土)に全国で公開になった是枝裕和監督の最新作「奇跡」。
(九州は6月4日に先行公開)

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渋谷シネマライズで、初日舞台挨拶付き上映回にて鑑賞

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是枝監督の前作は、秀作「空気人形」
非常に高い評価を受けた作品で、切なくて美しい作品だった。
みっきぃパパの好きな作品の内の一つである。

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今回「奇跡」を観ようと思ったのは、是枝監督の最新作だからという理由から。

また、是枝監督といえば、第57回(2004年)カンヌ国際映画祭で、
柳楽優弥さんが最優秀主演男優賞に輝いた「誰も知らない」で有名。

今回の作品も、「子供」に視点を向け、
元気いっぱいの子供たちから大人も元気をもらえる素敵な物語である。

元気な兄弟を演じるのは、まえだまえだの2人。

両親はオダギリジョーさんと大塚寧々さん。

大塚寧々さんの母親役に樹木希林さん。

離婚した両親にそれぞれ付いて、
鹿児島と福岡に離れ離れに暮らす小学校6年生と4年生の兄弟。
父と次男は福岡に、母と長男は鹿児島に。

2011年3月12日に九州新幹線全線開通。

開業日の朝、福岡から鹿児島へ向かう一番列車と鹿児島から福岡へ向かう一番列車がすれ違う時、
「奇跡」が起こり、その時にした願い事が叶うという。

兄弟はそれぞれの友人を連れ、両新幹線がすれ違う熊本へ向かう。
子供達だけの冒険旅行である。

兄弟の願いは、いつかまた家族4人で暮らしたいということ。

・・・

屈託のない明るい兄弟の言動には笑わされることが多く、
楽しませてもらった。

兄妹を演じたまえだまえだの2人。
バラエティ番組などで目にすることがあるが、演技が上手で驚いた。

是枝監督は、子供達には敢えて台本を渡さず、自然な演技を引き出していったという。
この方法は「誰も知らない」と同じ。

福岡、鹿児島からそれぞれ子供達が熊本へ向かうストーリー、
当初は1986年のアメリカ映画「スタンド・バイ・ミー」のように、
子供達が線路を歩くイメージだったという。
しかし、新幹線は高架を走るため、構想を変えたとのこと。

また、九州新幹線の全線開業は東日本大震災が発生した翌日の3月12日のことだった。
この日、樹木希林さんは九州を訪れていたそうで、九州で震災発生を知ったという。
記念式典などが全て中止になり落胆する現地の様子を辛い思いで見ていたことを舞台挨拶でも語る。

映画上映前、11:01から11:16まで初日舞台挨拶。

登壇者は、
前田航基さん(まえだまえだ)、前田旺志郎さん(まえだまえだ)、大塚寧々さん、樹木希林さん、是枝監督。

この劇場で舞台挨拶を見るのは、昨年3月の「スイートリトルライズ」以来。

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昨年3月の「スイートリトルライズ」の時もそうだったが、
今回も舞台が暗く、登壇者の顔が見えづらかった。

舞台挨拶最初の挨拶で、是枝監督:
 「去年の9月に撮影スタート。ようやく皆様の元へ届けられて嬉しい。
  遅い夏休みを皆で九州で過ごした思い出がある」

大塚寧々さん:
 「この映画では子供達がキラキラ輝いている。心温まる映画」

樹木希林さん:
 「九州新幹線が3月12日に開通。その前日3月11日には地震があった。
  地震の日の昼、羽田から九州に飛んだ。
  翌日に新幹線が開通ということで、現地は誠に可哀想な状態だった。
  町全体がお祭り状態だったものが、全て自粛になってしまった。

  その間、私も家庭でたいへんなことが起こった。

  今回の映画公開で、全てが終息すれば・・・。
  全てを乗り越えられる映画になっている」

「誰も知らない」がカンヌで男優賞を取ったが、子供を使うことについて、
是枝監督:
 「怒らない。自分が怒られるのが嫌だから。
  言われてやらされるのは子供は嫌がる。それが画に出てしまう。
  台本を渡さないシーンもあった。それで自然な演技を引き出した」

前田旺志郎さん:
 「台本があるとずっと緊張したまま。
  台本が無い方が撮影までの間楽しめる。
  
  オダギリジョーさんは凄いイケメンだった。
  ずっと本を読んでいて静かな人だと思ったが、話してみたら、よく話してくれる人だった」

それを受けて樹木希林さん:
 「九州の夏は暑かった・・・。

  オダギリジョーさんと大塚寧々さんからなんでこんな子供が・・・。
  どちらかというと、監督の子供かと」

と、笑いをとる。

最後に是枝監督:
 「スクリーンからはみ出る位、子供たちが元気いっぱいに飛びまわっている。
  観終わったら、子供たちからエネルギーを感じて欲しい」

上映前に行われ、15分間という短い舞台挨拶だったが、
エピソード盛りだくさんで、まとまりがあり、満足できる内容だった。

やはり樹木希林さんはとても味のある素晴らしい女優さん。
そして面白い。

世界で評価されている名監督の最新作「奇跡」、全国で公開中。

心温まるこの作品、興味のある方は劇場まで!

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みっきぃパパ

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テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

震災発生から今日で3ヶ月(続き)

昨日の続き。

震災発生時、新潟出張中だったのだが、新幹線が運休し帰れなくなってしまった。

3月11日の夕方、上越新幹線の終日運休がJRより発表になったが、
深夜になって首都圏の私鉄・地下鉄が順次運行再開したというニュースを聞いて、
上越新幹線は、終夜の点検を経て、
12日の朝から運行再開するのではないかと割と楽観的に考えていたりもした。

しかし、3月12日午前3時59分、携帯電話の緊急地震速報が鳴り響き飛び起きる。

「長野県北部で地震発生」

これが、長野、新潟で震度6強を記録した大地震である。

実際、新潟駅周辺は震度3~4程度でそれ程大きくは揺れず、直接の被害は無かったのだが、
新幹線の運行再開はまたこの大きな地震により、また見込みが立たなくなってしまった。

今では、この長野北部の大地震も、
3月15日に発生した静岡の大地震も「誘発されて起きた地震」と言われているが、
その時は確か「3月11日の地震との関連性は分からない」と報道されていたりした。

それが逆に恐ろしかった。

ただでさえ、太平洋沖の地震も宮城県沖から千葉県沖までと、
とてつもなく広い範囲で余震が続いている中で、
素人考えでは全く地理的に関係ないと思われる
長野や静岡で立て続けに大きな地震が発生したというのは、
不謹慎な発想かもしれないが、小松左京氏の小説「日本沈没」を連想させるようで、
「ちゃんといつか本当に家に帰ることができるのか?」とか、
「また家族に会うことができるのだろうか?」とか不安になったりもした。

また、出産を目前に控えている妻も一人自宅にいて、
病院の機能とか、薬の流通とか、大丈夫なのか・・・と不安になったりもした。

ホテルのチェックアウトは10時。

今日、本当に帰れるのか分からない中で、チェックアウトするかどうかの判断はとにかく迷った。

前夜の様にさまよいたくなかったし、
テレビやインターネットの情報は自由に取れる環境は捨てたくなかった。

結局、正午までのチェックアウトの延長を決断し、様子を見た。

新潟駅まで行って最新情報を得たり、部屋に戻ってインターネットやテレビで情報を得たり・・・。

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しかし、相変わらずインターネットやテレビから流れて来るニュースは悲惨なものばかりだった。

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そして、運行再開のニュースが入らない中、正午が近付き、
今度は15時までのチェックアウトの延長を決定。

昼食は新潟駅近くの中華料理店。

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店内のテレビで震災報道を見ながら食べたが、やはり食べた気はしなかった。

そんな中、12時半頃のNHKのテレビのニュースにより
「16時頃上越新幹線運行再開予定」との情報。

新潟駅まで直接確かめに行ったが、やはり16時頃再開という情報が濃厚らしい。

そして、チェックアウトを決意し、15時前に新潟駅の新幹線のコンコースへ入る。

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既に複数のホームに人の行列が出来ていたりした。

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しかし、駅員さんによると、16時頃運行再開が決定されただけで、
何番線からの発車か分からないという。

みんなどうも勘で並んでいたようである。

みっきぃパパも勘で並ぶことに。

そして、その勘は当たり、
みっきぃパパの並んでいた13番線ホームに
16時発の最初の東京行き新幹線が入線してくるとのアナウンス。

この列車は、臨時列車MAXとき496号 東京行き2階建て8両編成。

グリーン車以外は全て自由席との案内だったが、
そのグリーン車が何号車なのかというアナウンスは無かった。

そして、15時40分過ぎ、なんとか通路側の一番後ろの席に座ることができた。

その後、2番目に発車する新幹線や3番目の新幹線がそれぞれ他のホームに到着し、
結局3本の新幹線に分散されたため、新潟駅では車内での大きな混乱はなかったようである。

グリーン車が何号車なのかというアナウンスが無かった以外は、
割と新潟駅での案内は適切で明確だったため、乗客のイライラも最小限に収まったのかもしれない。

中越地震と中越沖地震という2つの大地震を連続で経験しているため、
新潟の人達は緊急時の対応に慣れていたのかもしれない。

また、車内は混乱する様子も全くなく、
少なくともみっきぃパパの乗った車両では立っている人は一人もいなかった。

新潟駅ホームに入って来た新幹線3本は全て東京駅までの各駅停車。

そして16時2分、新潟駅を出発。
動き出すまでは本当に動くのか心配だったが、列車が動いた瞬間に安堵感を覚えた。

1番列車の為、安全確認をしながらの徐行運転。
乗っていても、非常にスピードが遅い感覚がした。

16時30分、普段の2倍以上の時間をかけて燕三条駅に到着。
燕三条駅で乗って来た人達は座れた人はほとんどいなかったようで、
皆さん、通路などに立って乗っていた。
16時31分、燕三条駅出発。

16時52分、長岡駅到着。
長岡駅ホームには長蛇の列。
全員は乗ることができず、乗れなかった人達は次の新幹線に乗るしかなかった。
ホームの混雑の為、長岡には長く停車し、16時54分出発。

17時22分、浦佐駅到着。
浦佐では乗ってくる乗客も少なく、17時23分出発。

普段なら新潟-浦佐間は40分弱の距離。
しかし、この日は既に80分もかけている。

みっきぃママには17時40分頃熊谷に着くと連絡をしていたが、
予定の17時40分頃はまだ浦佐と越後湯沢の間だった。

17時52分、越後湯沢到着。
越後湯沢での停車時間はとても長く、出発は18時3分のことだった。
3月12日の夕方、まだ余震は多かった。
ここで大きな余震が来たら・・・と不安で仕方なかった。
なかなか出発しないのは何故だろう・・・。
首都圏の在来線はなんとか動いているそうだったので、
なんとか高崎駅まではたどり着いて欲しかった。
災害時、新幹線よりも在来線の方が運行再開は大抵早いものである。
通路に立っている人達は辛そうだったし、長い停車時間に対する苛立ちもあって、
越後湯沢駅停車中は、若干イライラした態度を示す人達の姿も見られた。
18時3分、越後湯沢駅出発。

18時23分、群馬県の上毛高原駅に到着。
やっと山を越え、新潟から群馬に入ったという安堵感を覚えた瞬間だった。
18時24分、上毛高原駅出発。

19時1分、高崎駅到着。
高崎に着いた瞬間、もうこれで今日中に家に帰れる!!と、とても嬉しかった。
19時2分、高崎駅出発。

19時13分、本庄早稲田駅到着。
19時14分、本庄早稲田駅出発。

そして19時28分、熊谷駅到着。

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結局新潟駅を出てから3時間26分もの長旅となってしまった。
普段は1時間40分程度なので、やはり倍以上の所要時間であった。

震度5強を記録した埼玉県熊谷市の熊谷駅に停めておいた車も無事。

一日最大1200円の有料駐車場の請求額は2日分で2400円。

とにかく疲れた。
みっきぃママと両親に熊谷到着だけを伝え、自宅へと車を走らせる。

この時確かガソリンは半分以下。
しかし、疲れと、早く家にたどり着きたいという気持ちから、ガススタに寄る意欲も湧かず、
真っ直ぐ自宅を目指す。

途中のガススタは、車の列が出来ている所が多かった。
今思うと、ガソリン不足を感じて、いち早く早速ガソリンを購入しに来た人達だったのだろう。
翌週ガソリンパニックに陥ることにも気付かず、ガススタを全て通り過ぎ自宅へ帰る。

既に20時をまわり、空腹感も感じていたが、でも食欲は湧かなかった。

そして、みっきぃママとみっきぃとの再会。
前日の朝からわずか1日半しか経っていなかったが、とにかく長い長い1日半だった。

3月11日は深夜までテレビを見続け、12日は3時59分の地震で起こされたのだった。

早速自宅の被害状況を確認。

皿や酒の瓶が割れたことは聞いていたが、
他にも大切にしていた、アルゼンチンで買ってきたマグカップも欠けたことを知ってショックを受けたり、
自分の部屋の中は物が散乱していたり・・・。

niigata31116.jpg

大切にしていた映画グッズが折れてしまったりして、それも少々残念・・・。

しかし、妊娠9ヶ月目のみっきぃママとみっきぃに怪我は無く、
建物そのものの損傷もなく、ライフラインにも問題無く、ひとまず安心。

焼きうどんを作ってもらい、自分のベッドでゆっくり休養。

そして翌週は、続く余震、ガソリン騒動、計画停電、放射能汚染の問題など・・・。

・・・・・

震災から3ヶ月。
まだまだ被災地ではたいへんな状況が続いており、
そして6月11日現在で8069名の方が依然行方不明であると報道されています。

しかし、随分震災関連の報道も減って来た印象を受けます。
我々被災地以外の人間が通常の生活を送ることは勿論大切なことですが、
被災地への関心はまだまだ高く持ち続けていかないといけないと思います。

みっきぃパパも震災の記憶を心に留めながら、
微力ながら被災された方の何か役に立てるよう協力していきたいと思います。

みっきぃパパ

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震災発生から今日で3ヶ月

2011年3月11日14時46分、
宮城県沖でM9.0というとてつもない大地震が発生してから今日で3ヶ月が経ちました。

北海道、東北、関東、新潟、長野、静岡とたいへん広い範囲で甚大な被害が出ました。

地震、津波、放射能汚染、液状化、電力不足と計画停電、断水、ガソリン不足、交通機関の乱れ・・・。

今でも現実に起きたこととは信じられない程、強い衝撃を受けています。

将来万が一また大きな災害に遭ってしまった時の心の備えとしても、
あの日経験したこと、感じたことを書き綴ってみたいと思います。

もう少し大きくなったら、生後1ヶ月の娘にも身を守る教訓として語り継いでいきたい。

・・・・・

3月11日(金)、新潟県内にある関連会社の工場へ日帰りで出張。

数年前までは毎週通っていたりもしたが、最近は数ヶ月に1回の頻度。

今回も出張はいつに設定しても良かったのだが、
数回出張日が変更になった結果、自ら3月11日(金)に決定。

朝6時半頃、川越市内の自宅を車で出発。
そして1時間ほど走り、熊谷駅南口の有料駐車場に車を停める。
一日最大1200円。

以前熊谷に住んでいた時は、熊谷駅が自宅最寄駅だったので、
新潟方面へ行く時はとにかく楽だった。

niigata31101.jpg

今は私鉄、JRと乗り継いで、大宮駅から乗らないといけないので、面倒・・・。

そこで思い付いたのが、車で熊谷駅まで行ってしまうという方法。
計算すると、駐車場代を入れても車で熊谷へ行った方が安い。
そして時間的にも早い。さらに、楽。

とても天気の良い3月11日の熊谷地方。

niigata31103.jpg

7時48分、上越新幹線、熊谷駅出発。
熊谷駅に停車するのは各駅停車のみで、この時間帯の下り列車はいつもガラガラ。

そして8時40分頃トンネルを抜け、新潟県に入るといきなり雪景色。

niigata31102.jpg

この急激な景色の変化が好きである。
新潟県の湯沢地方は晴天。

9時17分、定刻に燕三条駅に到着。

niigata31104.jpg

この日は燕三条から仕事場までタクシーで往復予定。

しかし、財布の中を覗くと現金があまりないことに気づく・・・。

そこで、タクシーに乗る前に燕三条駅近くのセブンイレブンのATMで2万円程引き出す。

このエリアは大雪で、
薄着で傘も無く皮靴を履いていたりして、数百mの往復もたいへんだったが、
なんとか現金確保。

niigata31105.jpg

まさかこの日、震災が発生して家に帰れないとは思わなかったので、
現金を作っておいて本当に良かったと思う。

そして10時頃職場に到着。

・・・・・

いつも通りの新潟での勤務。

この日は16時頃に出発して帰宅しようかと考えていたりした。

翌日は、朝一で目黒までみっきぃの鍼治療に行って、
その足で妊婦の妻と一緒に病院で講義を受けて・・・
と予定がびっしりで忙しかったので、早めに帰ろうかなと。

・・・・・

そして14時46分、立って話をしていた時、
ゆっくりと大きな振幅で床が横に揺れ始める。そこは2階建て建物の2階部分。

この時、携帯電話の緊急地震速報は来なかった。

最初は「ん?地震?」という程度の感覚。

しかし、その後どんどん揺れが大きくなっていって、
次第に恐怖感が湧いてくる・・・。

どこまで大きくなるのか・・・?

オフィス内に「でかいぞ!!」という叫び声が上がり、
「また中越地震か!?」という不安な声が響く中、次第に揺れは小さくなる。

この地方は震度4と報じられたが、
今まで体験した震度4の揺れよりもずっと大きく感じた。
それに、あんなに強い揺れが続いた時間の長さは人生で初めての経験だった。

その後全員屋外の駐車場へ避難。

外は雪が降ったりやんだり・・・。

屋外で待機している間もアルファルトの地面が大きく何度も揺れる。

雪解け水の水溜りにも波が立つ。

そんな中、誰かが携帯電話で情報を得たらしく、「宮城で震度7!?」と叫ぶ。

それで、東北で大きな地震があったことを知ったが、
その時はまだ、ここ新潟よりも関東の方がずっと揺れが大きかったとは全く知らなかった。

しかしそれでも自宅の様子が気になり、屋外待機の間、みっきぃママにメールを送信。

というか、埼玉よりも新潟の方が揺れが大きかったと思い込んでいたこともあって、
「こちらが無事である」ということを知らせることの目的の方が大きかった。

そしてすぐに無事を知らせるメールが返ってきたが、埼玉はかなりの揺れだったと知る。

その後しばらく経って2階の事務所に戻る。

もちろん会社全体がもう仕事どころではなく、
各々インターネットで地震の情報を得たり、携帯電話のワンセグでテレビ報道を見始める。

その後、インターネットから次々と信じられないような情報が飛び込んでくる・・・。

「宮城で震度7」と既に聞いていたので、東北地方での大きな被害は覚悟しないといけなかったが、

千葉県の市原市で大火災、東京・お台場で火災、首都圏の鉄道・高速道路全て停止・・・。

何が起こってしまったのだろう???
まだ社内にいて、テレビの映像を見ていなかったので、
関東地方でもとにかく何が起こったんだかわからない状態。

後でテレビで見た、横浜で看板が落下する映像も衝撃的だった。

しかし、予想以上にとてつもなく大きな災害が発生したということだけは分かった。

さらに北海道から関東にかけての太平洋沿岸に巨大な津波が次々に到達しているとの報道。

みっきぃママとみっきぃの無事は既に確認できていたが、
両親や義父母、兄妹や親戚など、皆無事なのか・・・?

特に茨城県の港町、津波が到達したと思われる大洗や那珂湊に住む親戚達の安否も心配だった。

オフィス内からみっきぃママの携帯電話にかけてみたところ、1回で繋がる。

自宅の様子を聞いたところ、皿やカップが割れ、
お祝いにもらった金箔入りの日本酒の瓶が落下して割れたとのこと。

そして、どこに電話してももう繋がらないという。

そんな中、運行を取りやめていた上越新幹線が終日運行を取りやめるとの報道。

そこで帰宅は諦め、新潟市中心部から車通勤している人に新潟駅まで送ってもらう。

niigata31106.jpg

そして大雪の新潟市街を宿泊できる場所を探してさまよう。

同じように新潟で足止めをくってしまった人が多かったらしく、
どこもホテルは満室で、6軒目か7軒目でようやく空室を見つけることができた。

部屋に入り、テレビの電源を入れると、
本当に今日起こった実際の映像とは思えない様な映像が次々に映し出される・・・。

そして、親戚が大勢住む茨城県の港町、大洗にも4.2mの津波が押し寄せたとの報道。
みっきぃママから大洗港が津波に襲われる映像を見たとのメールが入り、
親戚達の安否が本当に心配で仕方がなかった。

既に気仙沼や石巻のたいへんな映像を見ていたので、
大洗や那珂湊の町はどうなってしまったんだろうという不安が続いた。

結局大洗の親戚と連絡が取れたのは、3日後の3月14日のことだった。

そして、自分の行動については、
やはり上越新幹線の運行再開の目処についての情報に一番神経を使った。
テレビ、新聞、インターネット・・・そしてホテルのフロントのスタッフからの情報・・・。

翌日3月12日に予定していた産婦人科の病院の講義や、みっきぃの鍼はキャンセル。
物理的に新潟から帰れないのだから仕方がなかったが、
想像以上の災害の大きさで、通常生活を送ることは不可能と判断したいうこともあった。
また、精神的なショックもあったのかもしれない。

夕食は、ラーメン屋に入り、

niigata31107.jpg

ラーメン、

niigata31108.jpg

そして唐揚げ。

niigata31109.jpg

今見ると、美味しそうに見えるが、
この時はどうも精神的なものからか、あまり喉を通らない感じがあった。

帰り際、コンビニに寄って、飲み物とスナックを購入したが、
既に新潟でも買い占めに走る人もいて、
ある若い男性は、スーツケースを店内に持ち込み、
カゴいっぱいにパンを全て一人で買い込んでいたりした。

ホテルに戻ってからも、テレビやインターネットにかじりついて、既に深夜。
相変わらず余震は続いている。

アメリカは3月11日の朝を迎えた。
そして、アメリカ本社のアメリカ人からも早速心配してメールが届く。
恐らく朝起きてテレビを見て、日本で起きた災害に驚いてすぐに連絡をくれたのであろう。

その後もベルギー、インド、韓国からもメールが届く。

心配、不安、衝撃・・・いろいろな感情で興奮状態が収まらない中、消灯。

明日に続く・・・。

みっきぃパパ

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Author:みっきぃパパ
家族:みっきぃママ、みっきぃ(長男)、娘(長女)
職業:外資系エンジニア
年齢:アラフォー
キーワード:旅行、ゴルフ、映画、ラーメン、ミスチル、シンディ・ローパー

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