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東北へ(10) 震災から半年-宮城県南三陸町の様子(2)-

9月24日(土)、国道45号を南下し、南三陸町志津川地区に向かう。


大きな地図で見る

町中心部の手前のセブンイレブンに立ち寄る。

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このセブンイレブンは、津波により流され、
その場所に仮設の建物にて、8月6日に営業を再開した店舗である。

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志津川天王前仮設店舗店。

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中は通常のコンビニの風景で、セブン銀行のATMも普通に使用できる。
ただし、トイレは外の仮設トイレとなっている。

↓これはコンビニ駐車場の北側を撮影したもの。

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Googleのストリートビューで震災前の様子を見ることができるが、
現在何も無くなってしまっている場所には、建物が並んでいたことが分かる。

ここは海から1km近く内陸に入った場所だが、
地図を見ると川を伝わって津波が逆流してきたことが分かる。

あの日、旅行者としてこの場所にいたとしたら、土地に詳しくない為、
こんな所まで津波が来るなんて想像もしなかったかもしれない。

・・・・・

そして南三陸町の中心部(旧志津川町中心部)に入る。

その瞬間言葉を失った。

テレビや新聞でたびたび目にしてきた南三陸町の惨状だったが、
直接自分の目で見た光景は、メディアを通して見て来たものを遥かに越え、
本当にたいへんな状況だった。

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町全体が消えてしまったのである。

ストリートビューでも、震災前の民家が立ち並んでいた様子を確認することができる。

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あの日、あの瞬間まで、普通にここにあった幸せな生活が、
全て瞬時に無くなってしまったということを想像すると、本当に辛かった。

ここ、南三陸町役場でも多くの職員が亡くなったそうである。

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亡くなった職員の方々は、この日の朝、いつも通り自宅を出て出勤し、昼食を取り、
まさかその数時間後にこの世を去るなんて、想像していなかったと思う。

3月の寒い宮城で、冷たい水に浸かり、必死に屋上のアンテナにしがみつき、
恐怖と闘いながらなんとか生き延びた方々もいる。

・・・・・

公立志津川病院も廃墟となってしまった。

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ここでは、入院患者の7割にあたる72名の方々と職員3名の計75名が
死亡または行方不明となった。

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あの日この病院内で起こった出来事は、メディアを通して知っている。
4階部分まで浸水したという。

しかし、この病院の建物を見上げると、あんな高い所まで津波が来たなんて・・・。
驚きとともに恐怖で全身に鳥肌が立った。

船がこんな場所に残されたままであり、

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足元を見ると、病院から流れ出した医療器具や書類が散乱したままである。

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病院の海側には瓦礫が積み重ねられている。

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・・・・・

国道45号。

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志津川郵便局も廃墟となり、

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サンポートは現在このような状況となっている。

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あの日、この結婚式場の屋上で助けを待つ人々の映像が中継された。

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・・・・・


大きな地図で見る
ここはJR志津川駅があった場所。

駅舎は津波により流出し、ホームのみが残されている。

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ホームのアスファルトも破壊され、津波の威力が分かる。

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すでにレールは撤去されている。

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ホームから町を見渡す。

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あまりにも酷い状況である。

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また、ここから見渡すと、海からは距離があり、海面からの高さも十分にあるように見える。

しかし、3月11日の津波は、この高さでは全く足りなかったのである。

今後、もしも海の近くにいる時に大津波に襲われる危険性を感じたら、
かなりの高さの場所まで逃げないといけないということを感覚的に知ることができた。

こんな高さの場所ではとても足りないということである。

・・・・・

南三陸町のウェブサイトによると、
震災前の2011年2月末日現在で町の人口は17,666人。

また、他の情報元によると、死者・行方不明者の数は1,200人以上とのこと。

南三陸町では、家族、友人、同僚を失ったばかりでなく、職も失った方々が多数いると思う。

復興にはまだまだ長い年月が必要とされるのは、見た目にも明らかである。

ここ埼玉からもエールを送りつつ、
微力ではあるが何か支援できるできることがあれば、是非行動したいと思う。

・・・・・

一瞬で廃墟と化してしまった町。
突然大切な人と別れることになってしまった多くの方々。
一人一人の人生を想像するとともに、自分自身一日一日を大切に生きていきたいと思った。

被害に遭われた全ての方々に心よりお見舞い申し上げたいと思います。
また、亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。

つづく。

みっきぃパパ

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