第28回東京国際映画祭コンペティション、ブラジル映画「ニーゼ」

今年の東京国際映画祭、
3本目はコンペティションに出品のブラジル映画「ニーゼ」。

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六本木会場「TOHOシネマズ六本木ヒルズ」SCREEN7にて、13:40より上映。

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監督、脚本: ホベルト・ベリネール
プロデューサー: ホドリーゴ・レチエル
撮影監督: アンドレー・オルタ
出演: グロリア・ピレス、ファブリシオ・ボリヴェイラ、アウグスト・マデイラ、フェリッペ・ホッシャ、
    シモーネ・マゼール、ジュリオ・アドリアォン、ホネイ・ヴィレラ、クラウジオ・ジャボランジー他
音楽: フランソワ・ウルフ、ジャッキス・モレレンバウン
上映時間: 109分
製作国: ブラジル
言語: ポルトガル語

1944年のブラジルを舞台に、実在の女性精神科医ニーゼの苦闘を描いたドラマ。
ニーゼが数年振りに戻って来た病院では、電気ショック療法が正しいものとされ、
精神病患者が人間扱いされていなかった。
従来の治療法を正当化する男性医師達とニーゼの確執・・・。

芸術性高く最高の出来

観客賞の投票は、勿論一番上の「①大変良い」。

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女医ニーゼを演じるグロリア・ピレスさん。
静かな語り、感情的なシーン、熱意・・・
全てぐさっと突き刺さるような大胆かつ繊細な演技が素晴らしい

映画「ニーゼ」は実話を元にした作品であるが、
実在の人物ニーゼの人生全てを描いたわけではないが、
彼女についての人物描写が非常に巧みで、描かれていない多くを想像することできた。

現在では当たり前のアニマルセラピー。
1944年時点で、「動物がセラピストになれること」を否定する医師もいる中で、
時代を先取りして治療に取り入れていた点、興味深かった。

冒頭の病院の扉をガンガンといつまでも叩き続けるシーン、印象的。
叩いても叩いてもなかなか出て来ない警備員。映画の冒頭からニーゼのイライラ感が伝わる。

「生き方は1万通りある。社会とどう接するかも。」
・・・グッと来る一言である。

・・・・・

上映終了後は、Q&A。

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登壇者は、ホベルト・ベリネール監督とプロデューサのホドリーゴ・レチエル氏。

監督:
 「日本という文化も全く違った国で、どのように受け止められたのか、非常に興味深い」

プロデューサ:
 「数日前にこの映画のワールドプレミアをリオで開催。
  そして今回、東京で国外で初めて見せることができて、非常に誇りに思う」

Q:
 「1940年代を舞台に『こんな女性がいた』という感動の物語。
  なぜ2015年という今、この人物を描こうと思ったか?」
A(監督):
 「このプロジェクトは非常に長い期間かかっている。脚本は13年前に書き始めた。
  映画を撮るまでに、他の5本の映画を完成させている。
  これは非常に強い女性の話であるが、最初は彼女の人生全てを描こうとした。
  しかし1本の映画では長すぎるので、
  彼女が手掛けた大きな仕事の最初の部分だけを映画にしようと考えた。
  一番大切な瞬間をこの映画で見せたいと思った。
  彼女は誰も注目していなかった精神病院にいる人々に目を向けた。
  それまでの精神科医は人ではなく、治療法や機械を見ていた。
  それはブラジルの危機でもあった。そこに彼女が現れた」

Q:
 「素晴らしい演技を見せてくれたグロリア・ピレスさん。
  この10数年、ずっとヒロインとしてグロリア・ピレスさんをイメージしていた?」
A(監督):
 「彼女と仕事をするのは夢だった。
  このプロジェクトでは、他の女優を使う予定が彼女が病気になり、
  その後グロリア・ピレスさんの名前が挙がった。
  彼女が同意するまでにかなり時間がかかった。
  彼女は素晴らしい女優であるだけでなく、素晴らしい人物。
  私が人を選ぶ時、才能だけでなく人柄を見る。
  我々の人生にどれだけ貢献してくれるか、そういう人を選ぶ」

Q:
 「この映画に登場する精神疾患を抱えた人々を描くにあたり、気を付けたことは?」
A(監督):
 「40年代のブラジルの治療は映画で描かれているよりも酷かった。
  精神病院にいるということは、この世で一番酷い場所にいるということ。
  一番大切なのは、人と接する際に愛情を与えれば、こういう人達も前進できるということ。
  撮影の2ヶ月前に統合失調症の人達と一緒に生活した。
  患者役の人は、俳優もいれば実際の患者もいた。
  一緒にやって行く内に、調和の取れた映画作りができた。
  この映画作りのプロセスは素晴らしいもので、忘れられないものになった。
  私は元々ドキュメンタリー映画を撮っているが、
  この映画はドキュメンタリーを撮るプロセスに近かった」

Q:
 「プロデューサとして、現場の難しさは?」
A(プロデューサ):
 「この映画を作るのに非常に長い時間がかかったが、脚本作りがとても大変だった。
  映画作りのプロセスで、脚本作りが一番大変だった。
  彼女の人生のどの部分をどう語るかが見えてきたら、だんだん楽になって来て、
  その製作がやっと始まった。
  その後、この病院に頼んで、病院がドアを開けてくれて、
  撮影、リハーサルと準備をしていった。
  この病院で撮影すること、生活をしたということが重要。
  それは、40年代に彼女があのような仕事を成し遂げた場所なので」

Q:
 「この方はブラジルでは有名な方なのか?
  この映画の後、彼女はどうなったのか?患者たちはどうなったのか?」
A(監督):
 「ごく一部の人達の間ではとても有名。とても重要な人だが、殆どの人は知らない。
  映画の後の彼女。
  彼らにアートで自分達を表現する機会を与えたら、次々にアートを作り始めた。
  彼女は作品一つ一つに名前、番号、日付を付けて、そのプロセスを研究した。
  彼女は94歳まで生きて、無意識のイメージについての本を書いた。
  自分がそれまで研究してきたプロセスを時系列的に並べて書いた本で、
  とても重要なものだが、あまり知られていない。
  彼女はユングと近しかった。
  ユングはこの映画に出したくなかった。彼女の素晴らしさを出したかった」
A(プロデューサ):
 「彼女は1957年にチューリヒで展覧会を開いた。
  作品を出品したクライアントは既に亡くなったが、美術館はまだ存在し、セレクションも存在。
  とても重要な作品を所有する美術館だが、残念ながらそこを訪れる人は少ない」

Q:
 「現代のブラジル社会だけでなく、現代社会そのものに通じるものがあると思う。
  現代社会の中でどういった所に通じるものがあるか?」
A(監督):
 「我々の現代社会においてモラルの論理的な危機を迎えているところが、
  当時のブラジル社会と似ていると思う。
  一歩踏み出して、世界を変えるという態度が必要だと思う。
  皆さん、お金を稼ぐとか、良い洋服を着たいとか、良い車に乗りたいとか、
  物に対して心配し過ぎである。
  ニーゼはそういうものは小さいものだと思っていた。
  『人の心を理解することと、原爆や自動車を作ることとで、どちらが大切か?』と、
  彼女は言っていた。
  人の心を理解することは小さいことかもしれないが、とても大きいこと。
  そういう意味で、彼女はとても大きな存在である」

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